お題「人といるのが好き?1人が好き?」

 

興味深いお題を見つけたので、ちょっと書いていこうと思う。

 

私は一人が好きだ。なんせコミュ障のため、人とうまく付き合うことができないのだ。小さい頃は人と遊ぶのが普通だと思い、近所の友達の家に遊びに行ったり、外で集まったりしていたが、年を経るにつれ、そういうのが難しいと感じるようになってきた。中学校のときは、グループに入っていないと休憩時間が大変気まずいので適当に話しかける子たちの間に入って、どうでもいいおしゃべりをしようと苦心していた。ついでにその時はまった漫画もめちゃくちゃおすすめしていた。その中の一人から、ある漫画を進められて、古典が好きになったのを覚えている。高校時代は、仲のいい子が2~3人でき、休みの日もカラオケに行くなど遊んでいたが、色々あって今はなんのやりとりもしていない。

 

私は一人の時間がないと疲れがたまってしまう人間で、正直人と会うとなるとそれだけでだいぶ気合がいる。普通の人はただ気の合う友人と会って、一緒に遊んで元気もらった!と終わるのかもしれないが、私の場合、そうやって友達と遊ぶとだいたい家に帰るころにはぐったり、頭の中では一人で遊びたかったなと失礼なことを考えてしまう。もし、誰かと予定を合わせて遊ぶなら、それと同じくらい一人になる時間もないとストレスが溜まって、余計に疲労を重ねてしまうタイプだ。

 

そのため、べたべた四六時中おしゃべりを要求される関係は私にとって鬼門である。昔の私は相手との空白が怖くて、無駄におしゃべりしてしまうところもあったので、人のことを言えた義理ではない。だが、社会人になって、無理やり人と集まる機会を作る必要がなくなってみると、私がいかに集団を苦手としている人間か色々と考えさせられてしまった。その場にただいるということがものすごく苦手だ。他人がいると、その人を楽しませたり、何か有意義な時間だったと思わせるようなことをしなきゃいけないと勝手にプレッシャーを感じてしまう。誰かと一緒にいるという状況でリラックスしたことがない。

 

一人だと逆に元気が湧いてきて、一日中テンションが高い。好きなことをしてもいいし、ゆっくり休んでもいい。おかげで旅行に行くのも一人だ。だいぶ変わっていると思う。学生時代に長期休暇を利用していった京都。そこで初めて一人で過ごした。二泊三日ほどだったが、お寺や神社を見たり、夜に駅前のパブに入ってお酒を飲んだりした。結構楽しい思い出だった。この時の楽しいという感覚が今も私の一人でいるのが好きという気持ちを支えているのだと思う。知らない人と話をして、困ったことがあれば助けてもらって、好きなだけ自分の見たいものを見る。たまらなく心地よい時間だった。

 

一人だと、奇異の目で見られることもあるし、できないことも多くて、苦労するけれど、自分の気が向くまま好きなだけ時間をつくることができる。私は一人でいるのが好きだ。「人間はポリス的動物である」と古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉にある。群れを作って生きていくことが当たり前の、社会性を持った動物である人間。それに生まれていながら、一人が好きな性分になってしまった私。正直生きづらいことこの上ないが、現代は一人でも生きていけるよう様々な技術が発展し、私たちの生活を支えている。時代に助けられて生きている人間が私だ。人生は嫌なことも辛いこともあるが、せっかくだから、一人で生きる時間をじっくり味わってみようと思う。